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みなレポ

『地質学のふるさと 南三陸』

 

こんにちは!

南三陸町のディープな情報をお届けする『特派員ブログ』、化石担当の大森丈広(おおもりたけひろ)です。

前回は、自然豊かな南三陸町が実は化石の宝庫であるという事を簡単に紹介させていただきましたが今回はさらに掘り下げ、日本国内の『地質学』の歴史と南三陸の関係を町内の地質年代を交えて紹介します。

 

地質学のふるさと南三陸

みなさんは普段『地質学』という学問分野について、国内での歴史やどういった分野の学問か等、考えたことはありますか?

地質学とは『Geology』、つまりGeo(地球)とlogy(学問)を意味し、岩石や地層、化石などの地球の歴史や現象を研究し、広義には地球科学、大規模自然災害の解明など現在重要な分野の学問となっています。

そんな地質学ですが、日本国内では、明治初期の時代に西洋諸国の知識を導入することで黎明期を迎え、そして発展していきました。

南三陸町はそんな国内の地質学の中でとても重要な位置づけにあり、海の波などによる浸食により、常に新しい露頭(地層・岩石などが露出している場所)がある南三陸町は日本の地質学発祥依頼、多くの学者が訪れ、調査・研究が行われてきました。

南三陸町内での地質調査の様子

日本の地質学の祖と言われ、ナウマン象の名でも知られるドイツ人学者『ハインリッヒ・エドムンド・ナウマン』もかつて、地質調査のため南三陸の地に足を運び、二枚貝化石『モノチス』を採取、国内で初めて『三畳紀』の地層を発見したという歴史もあるんですよ^^

※三畳紀⇒約2億5000万年前~約2億年前の年代の地層

モノチス化石 地層の堆積した時代の推定に使われる『示準化石』、その中でも代表的な二枚貝化石『モノチス』。ナウマン博士がこの化石を見つけたことで、国内ではじめて『三畳紀』の地層が発見された。

南三陸町の地質年代

南三陸町内では、主に『ペルム紀』、『三畳紀』、『ジュラ紀』と呼ばれる年代の地層が分布しており、いずれの年代からも重要な化石が産出するため今現在も、学者、学生、化石好きの方が実は毎年多く足を運んでいます。

因みに各年代をかいつまんでもう少しわかりやすく補足すると、

『ペルム紀(約3億年前~)』⇒恐竜が誕生する前の年代。
『三畳紀(約2億5000万年前~)』⇒恐竜が誕生した年代。
『ジュラ紀(約2億年前~)』⇒恐竜がさらに進化発展をとげた年代。

と、こんな感じです。

南三陸町の地質図

こちらは南三陸町の地層を年代ごとに色分けしたもので、東西から町の中央に向かう形で『ペルム紀』、『三畳紀』、『ジュラ紀』と地質年代も新しくなります。

この南三陸町の地質図からわかることとして、年代の違い以外にも同じ斜線で色分けされた地域からは同じ種類の化石が産出する可能性があり、南三陸町歌津地区で見つかった海生爬虫類『ウタツサウルス』も例えば戸倉地域でも見つかる可能性が実はあることが分かります。

ウタツサウルスの復元図 ウタツサウルスはイルカのような見た目をしており、当時の南三陸の海で生態系の頂点に君臨していたと思われる。

最後に

如何でしたでしょうか?

南三陸町限定とはなりますが『日本の地質学の歴史』、『南三陸町の地質年代』といった知識を記憶の片隅にいれていただくだけでも、南三陸町内での化石探しや展示などもさらに楽しめる要素になるかと思います^^

みなさん館の展示 南三陸町歌津地区にあるみなさん館では、南三陸の化石の歴史から、実物の化石まで展示されており、楽しく学ぶことが出来る。

次回は、私が実際に南三陸町内で化石をとった際の体験の様子を交えてさらに化石の魅力をご紹介します。

南三陸の化石好きの方は特に、お楽しみにお待ちください!

 

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