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【インタビュー】“伝えること”が、私の使命。19歳の彼が伝える「あの時」

【インタビュー】“伝えること”が、私の使命。19歳の彼が伝える「あの時」

地元出身、今年語り部デビューした19歳の畠山興斗(はたけやま おきと)。
今、彼は何を考え、何を伝えていきたいのか。彼の想いに迫ります。

語り部デビューした今の心境は

正直、すごく緊張しました。
今でも人前で話すことには緊張しますが、少しずつ慣れてきました。

私の話を聞く人の中には、東日本大震災や津波の経験がない方が多くいらっしゃいます。
だからこそ、当時の様子や自分の体験を通して、「命の重さ」や「備えることの意味」を、できる限り真剣に伝えたいと思っています。

つい先日、ある参加者の方から、こんな御礼のメールをいただきました。
――「普段はテレビもニュースもあまり見ない家庭なのに、語り部の話を聞いた後、津波警報が発令されたときに家族みんながテレビに釘付けになっていました。子どもたちの意識も変わりました。ありがとうございました。」――

こうした声に、私自身も励まされています。

 

震災当時は5歳。記憶は、、

鮮明に覚えています。
保育所にいたのですが、地震の揺れは、先生をまっすぐ前を見ても景色が歪んで見えるほどでした。
津波警報をラジオを聴きながら、裏山の道なき道を一緒に登って避難しました。

その日の夜は、歌津中学校で一夜を明かしました。
自分も周りの子どもたちも、泣けなかったのかもしれないが、ほぼ泣いていなかった。
翌日、父と再会できたときは、ほっと安心しました。

地元に残る選択

震災直後、熊本の自衛隊の方々にお世話になり、お菓子や模型をいただいたことを今でも覚えています。
また、「伊里前復幸商店街」(現在の南三陸ハマーレ歌津)では、庭のように走り回りながら、大人たちに見守られて育ちました。
その体験が、今の「恩返しがしたい」という気持ちにつながっています。

大学進学や就職で町を出る選択肢もありましたが、私は地元に残り、南三陸町観光協会に入りました。
まちづくりを通して、復興への恩を形にしていきたいと思っています。

 

大切にしていることは

あの震災を知らない、経験していない世代にこそ、災害の記憶と教訓をしっかりと伝えていく必要があります。
“命の大切さ”という言葉の重みは、日々伝承活動に関わる中でより実感しています。

 

これからも町で共に過ごす

地元に残り、これからもこの町と生きていきたいと思っています。
開口の日には船に乗り、父と一緒にウニやアワビを獲りに行きます。
小学生の頃から、父と喧嘩しながらも漁の手伝いをしてきました。

また、私はイベントの現場が好きです。
今年の8月31日(日)には、「歌津夏まつり」の実行委員会としても当日運営に携わります。
地域の皆さんと一緒に、楽しさの中にある“命を守る力”を、イベントの中にも込めていけたらと思っています。

 

ーー子ども連れのご家族のご指名が多いという彼の話を聞きたい方は、『まちあるき語り部』をぜひご受講ください。

まちあるき語り部

 

地元テレビ局に特集していただきました!

2025/8/25仙台放送様にて特集していただきました。是非ご覧ください。

 

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