「ありがとう」から始まった交流が、訪日教育旅行へ
南三陸町と台湾の交流は、東日本大震災から始まった深いご縁によって育まれてきました。
2011年3月11日の東日本大震災で大きな被害を受けた南三陸町。復旧・復興の過程では、世界中から温かな支援が寄せられました。
なかでも台湾からは、台湾赤十字を通じて多額の寄付が寄せられ、南三陸病院の再建を大きく支えていただきました。
約56億円の建設費のうち、22億円が台湾からの寄付金によるものだったとされています。
2015年に再建された南三陸病院は、台湾と南三陸町を結ぶ「支援の証」の一つとなりました。
この大きな支援を「受けたまま」で終わらせるのではなく、感謝の気持ちを直接伝え、これからも続いていく交流へとつなげたい。
そんな思いから、南三陸町と台湾との新たな関係づくりが始まりました。

震災後に生まれた「ありがとう」の交流
2014年から、南三陸町では町長や地域の産業団体、病院関係者などが台湾を訪問し、支援への感謝を伝える「台湾ありがとうキャンペーン」を実施しました。一方的な「支援する側・される側」という関係ではなく、互いに行き来し、顔を合わせ、地域を知り合う。
こうした活動を重ねる中で、「感謝」をきっかけにした交流は、少しずつ「相互交流」へと変わっていきました。
南三陸町にとって台湾は、震災後に支えてくださった大切な友人であり、これからも交流を続けていきたい地域。
台湾の皆さんにとって南三陸町は、自分たちの支援がどのように復興につながったのかを実際に見ることのできる場所。
そんな特別な関係が、教育旅行を受け入れる土台になっていきました。
「ありがとう」を伝えるだけではなく、「また会う」関係へ
交流を一過性のものにしないため、南三陸町では台湾からの旅行者を迎える「インバウンド」の取り組みを進めました。
当初から特に力を入れたのが、台湾の学校関係者や学生との交流です。
台湾の学校を訪問して教育旅行をPRしたり、学校関係者を南三陸町へ招いて町を実際に見てもらったり、受け入れ環境を整えたり。
また、町内では中国語講座を開催するなど、地域の人たちが台湾の皆さんを迎えるための準備も進められました。観光パンフレットや案内表示などの中国語対応も進み、町全体で交流を受け入れる機運が高まっていきました。
2015年、台湾から初めての教育旅行
こうした交流の積み重ねから、2015年には台湾からの国際教育旅行の受け入れが始まりました。
2015年12月には国立宜蘭高級中學の生徒36名が来町。その後、2016年には国立台南第一高級中學、台南高級商業職業学校など、台湾の学校から相次いで教育旅行団が訪れるようになりました。
教育旅行で南三陸を訪れる学生たちは、観光地を巡るだけではありません。震災について学び、復興の歩みに触れ、地域の人と交流し、民泊などを通じて南三陸の暮らしを体験します。
実際に2016年には、台湾の高校生が震災学習と民泊を体験。受入家庭との交流を通じて、短い滞在の中でも家族のような絆が生まれました。「支援してくれた台湾の人たち」と「支援を受けた南三陸の人たち」という関係から、一緒に学び、食卓を囲み、笑い、また会いたいと思える関係へ。
教育旅行は、そんな新しい交流の形を育てていきました。

台湾の大学生が南三陸でインターンシップ
教育旅行と並行して、台湾の大学生との交流も広がりました。
2016年には、約20名の台湾の学生が南三陸町に滞在し、最長2か月にわたるインターンシップの受入を実施。
観光協会や町内の宿泊施設などで活動し、観光情報の多言語化や情報発信、台湾向けのツアー企画などにも取り組みました。
学生たちはホームステイを通じて地域の家庭とも交流。帰国後も「南三陸交流大使」のような役割を担い、台湾から南三陸の魅力を発信してくれる存在となりました。
こうした人的なつながりは、学校や旅行会社だけではつくることのできない、南三陸と台湾の「顔の見える関係」へと発展していきました。



なぜ、台湾の学生たちは南三陸で学ぶのか
南三陸町には、台湾との交流だからこそ生まれる「学び」があります。
その一つが、東日本大震災と復興についての学習です。
台湾から受けた支援をきっかけに始まった交流だからこそ、震災、防災、復興について学ぶことは、南三陸と台湾のつながりそのものを知ることにもつながります。
そして、南三陸で学べるのは震災だけではありません。
海・山・里に囲まれた町での暮らし、漁業や農業などの一次産業、地域に受け継がれてきた文化、そして民泊を通じた地域の人との交流。
「見る」だけではなく、「人と出会い」「暮らしに触れ」「自分で体験する」。
南三陸ならではの教育旅行が、少しずつ形づくられていきました。
現在、南三陸町では「人の強さ・レジリエンス」「実践的な防災」「暮らしや文化」を学びの柱として、海外からの教育旅行・研修旅行を受け入れています。



交流は、学校から地域全体へ
台湾との交流は、教育旅行だけにとどまりません。
町内高校生と台湾の学生との交流、台湾で開催される東北感謝祭への参加、南三陸町の伝統芸能の台湾公演、台湾華語(中国語)講座や台湾料理教室、台湾DAYイベントなど、さまざまな交流へと広がっていきました。
つまり、南三陸にとって台湾との交流は「外国人観光客を呼ぶための取り組み」だけではありません。
震災をきっかけに生まれたご縁を大切にしながら、地域の人と台湾の人が互いの文化や暮らしを知り、学び合うための取り組みなのです。
そして今も続く、台湾と南三陸の交流
台湾からの教育旅行は、その後も継続しています。
南三陸町では2015年から台湾の国際教育旅行を受け入れ、2019年には累計の受入学生数が1,000人を超えました。
2019年には台湾・台北市の小学校からも教育旅行団が来町。前年までの高校生・中学生を中心とした交流から、小学生へと広がり、教育旅行の裾野も広がりました。
さらに現在も、台湾の高校生や大学生をはじめとする教育旅行・研修旅行が続いています。
南三陸町観光協会では、2017年から2025年までに海外から170団体、約3,800人を受け入れており、台湾からの教育旅行・研修旅行もその大きな柱となっています。
「ありがとう」から、「また会いたい」へ
南三陸町と台湾の交流の始まりには、東日本大震災という大きな出来事がありました。
台湾から寄せられた温かな支援。
その支援に「ありがとう」を伝えるための訪台。そして、南三陸へ台湾の皆さんを迎える交流。
学校同士の出会い、学生たちのインターンシップ、民泊家庭との交流。
そこから生まれた「また会いたい」という気持ち。
その一つひとつの積み重ねが、現在の訪日教育旅行へとつながっています。
南三陸町と台湾の関係は、震災後の「支援」を起点にしながら、今では「学び」「交流」「友情」へと形を変え、未来へ続いています。
南三陸で過ごす時間が、台湾の学生たちにとって新しい学びとなり、南三陸の人たちにとっても新しい世界と出会う機会となる。
これからも、国境を越えて人と人がつながる「学びの旅」を、南三陸から。



台湾と南三陸の交流の歩み
2011年
東日本大震災。台湾から南三陸町へ大きな支援が寄せられる。
2014年
町長・産業団体・病院関係者などが台湾を訪問。「台湾ありがとうキャンペーン」を実施し、支援への感謝を伝える。
2015年
台湾からの国際教育旅行の受け入れがスタート。町内で中国語講座も始まる。
2016年
台湾の大学生によるインターンシップを受け入れ。教育旅行も継続的に実施される。
2017年以降
台湾をはじめとする海外からの教育旅行・研修旅行の受け入れが本格化。
2019年
台湾からの教育旅行の受け入れ学生数が累計1,000人を突破。小学校の教育旅行も初めて受け入れる。
現在
台湾との教育旅行、研修旅行、学校交流、文化交流などを継続。震災・防災だけでなく、地域の暮らしや文化、一次産業、人との交流を組み合わせた「学びの旅」へと発展している。
