
銀ざけ養殖発祥の地で
南三陸サーモン
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南三陸サーモンとは
南三陸サーモンは、南三陸町志津川湾育てられた銀鮭のこと。
2023 年より、この名称で親しまれています。
この養殖の歴史は 1975 年、南三陸町(旧志津川町)から始まりました。
決して平たんではない道のりの中で、漁師たちのこだわりと努力によって、今の美味しさが生まれました。
産地だからこその味わいと誇りを、ぜひ感じてください。
フェア開催概要
開催期間 2026 年 4 月中旬〜7 月中旬頃
参画店舗 19 事業所(飲食店・宿泊施設ほか)
※水揚げ状況により時期が前後する場合があります
歴史ある産地の物語
- 銀鮭養殖発祥の地
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鮮やかなサーモンピンクと程よい脂のりで人気の銀鮭。今では回転寿司でもおなじみの魚だが、その養殖の歴史は一九七五年に南三陸町(旧志津川町)から始まった。
当時、一人の漁師が銀鮭の海面養殖に成功し、その技術は全国・世界へと広まった。現在、宮城県は生産量日本一を誇り、「みやぎサーモン」「伊達のぎん」「銀乃すけ」といったブランドが広く支持されている。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。


- 苦境に直面した漁師たち
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養殖初期の銀鮭はイワシなどを粉砕した生餌で育てられていた。市場では人気を博したが、地元での評判は決して高くなかったという。
「南三陸と言えば、天然の秋鮭が川を遡上してくる地域。舌の肥えた地元の人からすると、生餌をたくさん与えて太らせた銀鮭は、生臭いと敬遠された」そう語るのは、地元で水産加工場を営む髙橋正宜さん。加えて、一九九〇年代には、日本から技術移転を受けたチリ産銀鮭の台頭や餌代の高騰により、多くの漁師が撤退を余儀なくされた。
- 本当の美味しさへの挑戦
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残った漁師たちの、本当の美味しさへの挑戦が始まった。県漁協主導のもと、生餌からペレット餌(魚粉などの栄養成分を固めたもの)への移行が始まった。船上での活締めの技術を学び、より新鮮な状態で食卓に届ける流通工程を確立。ブランド化を推進した。
一方、町内の加工会社と共同で、冷凍しても色があせないサーモンを催発したグループもいた。「うちくらいじゃないかな。餌会社に直で依頼して改良してもらってるのは」志津川銀鮭部会の部会長・大森照彦さんは語る。決め手は餌の成分。加工会社や餌会社に任せきりにせず、漁業者主導にこだわった。「今年の銀鮭食べてみてって、飲食店に直接持ち込むんだ。その時その時で、さっぱりしたものが好まれたり、脂が乗ったものが好まれたりという時流もあっから、飲食店の声を直接聞いて、餌の配合を変えていくのさ」毎年改良を重ねた銀鮭は抜群の品質で、他のメーカーから嫉妬されるほどだという。


- 産地だからこその味わい
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「みずみずしさが特徴の銀鮭は、四〜五日寝かせることで、旨味がさらに凝縮されます。生ハム仕立てや昆布締めなどは、特におすすめです」と語るのは、銀鮭漁師であり料理人でもある佐藤将人さん。「寝かせるということは、どれだけいい状態で処理を始められるかが大事。船上での活締め、市場での水揚げ、そして加工・流通の一連の流れが町内で完結するのは、南三陸の強みですね」
また、地元の飲食店主・髙橋修さんはこう語る。「観光客がサーモンを食べるカウンターで、隣に座るのが銀鮭漁師なんてこともあるのがこの町。漁師の苦労も誇りも直接聞けるのは、南三陸ならでは」歴史あるところに物語あり。それを一緒に味わえるのが、南三陸ならではの美味しさなのだ。
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