南三陸町の天然あわびとは

宮城県南三陸町は、古くから上質で美味しいあわびの産地として知られています。
1928年の昭和天皇即位の礼「大嘗祭」には、
旧歌津町(現・南三陸町歌津)の干しあわびが献上された歴史もあります。
今もなお、あわび漁の解禁日には、地元漁師たちが早朝から海に繰り出し、
天然の恵みを大切に受け継いでいます。

南三陸町内で獲れた新鮮な天然あわびを使った特別メニューをご提供いたします。ぜひご堪能ください。


フェア開催概要

開催期間 2026年11月下旬〜2027年2月末
参画店舗 ~決まり次第お知らせ~


新着情報

  • 【開催決定】『南三陸町産天然あわびフェア』今年も開催します!

美味しさの源は、海の森づくりから

ゆらめく光差す海底で、小さな奇跡が積み重なっている。志津川湾の豊かな藻場が育てる海の恵み――その代表が南三陸の天然あわびだ。代々この海で定置網を担う漁師・渡邊太治氏は、同じ場所に網を張り続け、海の変化をだれより近くで見つめてきた。「昔はこの時期にはこの魚というのがはっきり決まっていた。それが今では、いつ何の魚が入るか全く読めない。季節感がなくなってきているのを感じますね」と語る彼らが、今まさに“美味しさの源”を守るために動きはじめている。

志津川湾は海藻・海草の多様性が評価され、ラムサール条約湿地に登録された海である。あわびは海藻を食べて育ち、藻場が豊かであるほど身は締まり、甘みが際立つ。ところが近年、ウニの食害などで藻場が痩せ、あわびの漁獲量は目に見えて減少。稚貝を放流しても、追いつかない――そこで漁協青年部の若手漁師たちは、自ら潜水の資格を取り、ウニを間引く活動を始めた。

「海の環境がどんどん変わってきているのは明らか。若手の漁師を中心に、このまま同じことだけやってていいのか?という危機感をもっていました。」

他の地域では若手がいなくて挑戦すらできない話も聞く。若い世代が揃っている自分たちは、まだやれる、今ならやれるという思いもあった。名乗りを上げたのは、20代から30代の漁師4人。講習に通い、機材を整え、1回の潜水で数百キロに及ぶウニを搬出。間引いたウニも、捨てるのではなく、別海域へ移す・買取につなぐなど、資源を無駄にしない循環も模索している。

他のメンバーも、忙しい合間を縫って稚貝を放流する準備に協力を惜しまない。「たとえ自分たちの代で結果が出なくても、子や孫の海へつなぐために」。そんな覚悟の藻場再生が進むほど、あわびはたくましく育つ。刺身はコリッと噛むほど甘みが広がり、火を入れれば旨味がふくらむ。ひと口ごとに“海の森”の景色が広がる。

南三陸には、かつて「献上あわび」として知られた誇りがある。今の世代が努力した物語が、豊かな藻場とともに、次の世代にまた新たな誇りとなってひきつがれることを願わずにはいられない。解禁から100日、南三陸では宿や食事処が多彩な天然あわびの一皿で来訪者を迎える。いま食べる一皿は、海を再び豊かにする挑戦そのもの。――わざわざ足を運んで味わう理由が、ここにある。

写真提供:南三陸町自然環境活用センター


天皇即位の儀式に献上された 歌津のあわび

1928年、京都御所で行われた昭和天皇即位の儀式「大嘗祭」に、歌津産の干鮑が献上された。泊浜の17人が鮑の採捕人として選ばれ、9月には鮑採りが行われた。それ以来、歌津のアワビは極上の逸品として知られるようになった。

アワビの開口の前の晩は、興奮して眠れなかったと地域の漁師は振り返る。高値で取り引きされるアワビは大きな収入源だったからだ。子どもたちは親たちと一緒に船に乗り、見よう見まねで漁を覚える。中学生になれば十分に一家の戦力になる。
昭和30年代には、鮑、ウニ、タコ漁の開口日や麦刈りの日は町内の学校は休みになったそうだ。貴重な現金収入を得るため、一家は力を合わせたのだ。

歌津の浜は、アワビなどを育てるヒジキ、マツモ、フノリなどの磯根資源が豊富だ。アワビの保護とさらなる増産のため、稚貝を各浜に放流するなどの努力も続けられている。

歌津では、毎年12月23日に「献上鮑まつり」が行われる。極上の鮑は、歌津の誇りなのである。


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