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海とともに、
生きるまち。

22.払川

信仰の山、標高512mの田束山に向け、修験者たちが行き交った時代がある。
その歴史は古く、平安時代にまで遡る。かつて田束山周辺には多くの寺があった。平安時代中期に平泉に栄えた藤原氏は、田束山の山頂、中腹、北嶺にそれぞれ寺を造立したと伝えられ、経塚の石室の中から青銅製の経筒と法華経の経巻が発見されている。

志津川と歌津の海側から田束山を目指す街道と、入谷から田束山を目指す街道が交差する場所にある集落が払川(はらいかわ)だ。
田束山に詣でる人々の宿場として、山間の払川集落は栄えたといわれている。

街道と街道が交差する地点には、今も10軒ほどの家々が立ち並ぶ。その風景は実にのどかだ。
大きい家が多いが、その中でもとりわけ堂々たる風格なのが、「さかや」という屋号の家だ。「さかや」は当時、宿屋だったと考えられている。田束山に詣でる人々はこの集落に泊まり、朝早く山頂を目指したのだろう。

家々の間を縫うように澄んだ水が流れる小川が流れ、天然記念物に指定された桂の巨木が集落を見守っている。梵字が刻まれた板碑が、桂の幹に埋め込まれるように残っており、集落の歴史の古さを物語る。

大正年間に集落の代表が富士山に詣でたことを記す石碑も根元に鎮座する。昔は集落の人たちがお金を出し合って、代表者に遠くの神社や山に詣でてもらい石碑を建てた。払川の人々の信心深さがしのばれる。

払川の小道を歩くと、かつて産金や信仰で栄えた時代の賑わいがふと頭に浮かぶ。

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