三浦 さき子さん

今月の町民

三浦 さき子さん

三浦 さき子さん

掲載日/ 2013.7.1

帰ってきた浮き球は夫からのメッセージ

 三浦さき子さんは、震災前、生まれ育った戸倉地区波伝谷で
農漁家レストラン慶明丸を営んでいた。
夫を亡くしてから、自分の仕事を持ちたいと思っていたさき子さんは、
知人のすすめがきっかけで農漁家レストランを始めた。 
 
 父親はいつも「波伝谷にいれば、食べっぱぐれがない」と言っていた。
海と山が近くそれぞれから豊かな食材が収穫できる。ここでなければ食べられないような、
素材そのものの旬を食べることができるレストランにしたいと考えていたさき子さんに、
知人がタイミングよく厨房機器を提供してくれ、経験者が開店準備を支援してくれた。
たった1カ月で海のすぐそばにあった作業倉庫が、レストランに生まれ変わった。
 
 夫の名前「慶吾」の1文字をとった三浦家の漁船の名前を、そのまま新しいレストランの
名前にした。「慶」「明」「丸」の文字を書いた三つの浮き球を看板代わりに飾った。
 
 しかし、東日本大震災の大津波で、思い出がつまったこの店も、
夫とがんばって建てた家も跡形もなく流された。3月11日の夕刻、
目にしたのは、何も残っていないふるさとの変わり果てた光景だった。
闇のとばりが下り、津波が押し寄せる不気味な音だけが響いた。
志津川湾の向こうの気仙沼の方向が明々と見えた。これが現実だと認めることはできなかった。
 
 震災から1年が過ぎた時、アラスカに漂流物が流れ着いたというニュースを見た友人が、
発見者夫婦の足下に、レストランの入口に飾っていた浮き球が映っていると連絡してくれた。
夫の名の1文字「慶」の字が、はるかアラスカの地から、さき子さんに呼びかけていた。
6月に航空貨物会社の協力で、その浮き球は彼女のもとに戻って来た。

 さき子さんは農漁家レストラン「慶明丸」を再建しようと決心した。地域の人たちが、訪ねて来た
子どもたちや孫とゆっくり過ごせる場所、何もかもなくしてしまった自分たちのために通ってくれた
ボランティアさんたちがふるさとのように気兼ねなく集まってくれる場所を作りたい。
2013年4月17日、戸倉の海を臨む自宅跡地に広々とした予約制レストランを再開した。
地のものをふんだんに使った手料理を楽しめるだけでなく、コーヒーを飲みながらさき子さんの
震災体験の語りを聞くこともできる。
 
 さき子さんたちは波伝谷の高台に16本の桜を植えた。犠牲になった集落の16人を思い、
その愛しさを一本一本に込めた。春には美しい花を咲かせ、夏には涼しい木陰を作ってくれるだろう。
16本の桜は、さんさんと輝く太陽の下で、復旧作業が続く戸倉の大地と、さき子さんたちの未来へ続く道のりを
今日も見守っている。

 
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Sakiko Miura

Before the Great East Japan Earthquake, Ms. Sakiko Miura
ran “Keimei-maru,” a farmer’s & fisherman’s restaurant at
Hadenya in the Togura district where she was born and raised.
The restaurant served home-made dishes using a wealth of
seasonal food collected from the nearby sea and mountains.
“Keimei-maru” was the name of the Miura Family’s fishing
vessel. In Japanese writing, “Keimei-maru” is composed of
three Chinese characters – “kei,” “mei” and “maru” where
“kei” originates from one of the two kanji characters that
represent her husband’s name “Keigo.” As a decoration and a
restaurant sign, she used three large glass floats used in
fishing to mark the three characters of “kei,” “mei,” and
“maru” with one character on each float.
However, the massive tsunami following the Great East
Japan Earthquake washed away and destroyed her restaurant
full of sweet memories as well as the house that she and her
husband had worked hard to build on their own. On the
evening of March 11 that year, she saw her hometown changed
drastically without any trace left of its former landscape.
When a year and three months had passed after the Earthquake,
one of the fish farm floats decorating the entrance of the
restaurant was miraculously found in Alaska and returned to
her. It was the float with “kei” written on its surface.
Sakiko made up her mind to re-establish the “Keimei-maru.”
She hoped to build a relaxing place where people of the
community could spend time with their children and
grandchildren who came to visit, and a “gathering place” for
volunteers who had come to help the townspeople who had
lost everything after the disaster. On April 17 2013, she reopened
a spacious reservations-only restaurant on the site of her former
home that faces the sea of Togura. Visitors not only enjoy
her home-made dishes made from plenty of local food but
also are able to listen to her story of the disaster over coffee.

所属農漁家レストラン慶明丸
備考

■農漁家レストラン慶明丸
完全予約制Reservations required
南三陸町戸倉字波伝谷57
TEL 0226-46-9374



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